遺留分侵害額請求がされている場合の相続税申告をパターン別に徹底解説

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相続税申告

遺留分とは相続人に最低限保証されている遺産の取得分をいいます。
亡くなった人が特定の者にすべての財産を生前贈与した場合や特定の者にすべての財産を遺贈した場合を想像してみてください。
亡くなった人の相続人なのに一切の財産をもらえなかったら不公平ですよね。この不公平を是正するために設けられている民法の規定が遺留分なのです。
遺留分を侵害された相続人は遺留分侵害額請求という手続きで遺留分相当のお金をもらうことができます。
今回は、この遺留分侵害額請求がされた場合の相続税申告について想定できるパターン別に徹底的に解説します。

なお、遺留分についての詳しい説明は、遺留分を徹底解説!を参照してください。

また、遺言の詳しい説明は、遺言とは? わかりやすく徹底解説!を参照して下さい。

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1. 遺留分侵害額請求がされた場合の相続税申告の基本

遺留分侵害額請求がされているということは遺産の取得割合が確定していない状況です。
ということは、未分割申告となるのではないかと考える人も多いのではないでしょうか。
未分割申告の詳しい内容についは、【相続税】申告期限までに遺産分割が決まらない場合の未分割申告を参照してください。

結論としては、未分割申告にはなりません。

受遺者及び受贈者(遺留分侵害額請求をされた方)も遺留分権利者(遺留分侵害額請求をした方)も遺言通りの内容で相続税申告を実施します。

税理士でも勘違いしている人が多くて遺留分侵害額請求がされている場合に未分割申告でやってしまっているケースも散見されます。
未分割申告をしてしまって小規模宅地等の特例の適用ができずに納税者から訴えられてしまった税理士も存在します。

東京地方裁判所 平成30年2月19日判決

1 本件は、亡Aの相続人である原告が、その相続に係る相続税申告手続において、遺言執行者であった被告Y1(弁護士)及び担当税理士であった被告Y2に善管注意義務違反があり、これにより損害を受けた旨を主張して、債務不履行に基づく損害賠償として、被告らに対し、連帯して、309万4900円及び遅延損害金の支払を求めるとともに、被告Y1に対し、7万2600円及び遅延損害金の支払を求める事案である。
2 認定事実によれば、被告Y2は本件相続に係る相続税申告業務につき、原告、訴外D及び訴外Eの税務代理権限は与えられていたものの、訴外B及び訴外Cの税務代理権限は有していなかったこと、相続税申告書が提出された平成26年8月頃の時点では、遺言により訴外Aの全財産を原告が相続するものとされる一方、訴外B及び訴外Cからは遺留分減殺請求がされており、かつ、相続税申告期限(同月11日)が切迫しつつある状況にあったこと、相続財産中には小規摸宅地等の特例の適用対象となり得る不動産が含まれていたことなどの事情が認められる。
3 そのような状況下において相続税申告業務を行う税理士は、①小規模宅地等の特例を適用することなく法定相続分に従った共同相続として申告を行い、同時に「申告期限後3年以内の分割見込書」を提出することにより、後日の更正請求を可能にしておく、②遺留分減殺請求を考慮することなく遺言により全財産を相続したものとして申告し、小規模宅地等の特例を適用した上で、遺留分減殺が解決した後に更正請求をする、のいずれかの方法を選択することになるものと解され、被告Y2は①の方法を選択したものと考えられる。
4 もっとも、上記事実関係の下では、①の方法は②の方法と比較してリスクが高かったというべきであり、これを採用するのであれば、当該リスクの存在について十分に説明した上で原告の同意を得て行う必要があったというべきである。
5 原告は、法定相続人らの共同相続として申告され、一定額の相続税を納付するとの内容の申告書に押印しており、その内容も一定程度は把握していたものと認められる(原告本人)。もっとも、遺留分減殺請求がされている状況下における相続税申告を共同相続として行うか否か、申告時において小規模宅地等の特例を適用するか否か、その適用の有無により課税額にどのような差異が生じるのかなどの点は、いずれも専門的知見に基づく判断を要するものであり、特段の知識を有していない一般人である原告においては、専門家である被告Y2の作成した申告書の当否につき独自に判断することは困難と考えられるし、上記①の方法を採用することによるリスクの存在及び内容等について十分な説明がされていたとも認め難いのであるから、上記押印の事実から直ちに、原告が上記①の方法を採用することに同意していたものと認めることはできない。
6 以上の事実関係の下では、被告Y2が上記①の方法を採用したことは不適切であり、相続税申告手続を受任した税理士としての善管注意義務に違反する行為であったというべきである。なお、被告Y1が、被告Y2の採用した上記①の方法に沿って納税業務を行ったことが原告に対する善管注意義務違反に当たるとは認められない。
7 原告には、訴外B分及び訴外C分の相続税相当額である130万4200円の損害が生じているものと認められ、被告Y2は原告に対し、その損害賠償義務を負う。また、F税理士の相当な報酬額は、更正請求減額(352万1300円)の10パーセントである35万2130円と認められ、その損害はその全額が原告につき発生したものと認められる。
8 被告Y1は、訴外B及び訴外C分の延滞税及び加算税として7万2600円を相続財産から支出しているところ、支出行為は遺言執行者としての善管注意義務違反に当たり、被告Y1は原告に対し、同額の損害賠償義務を負う。

2. パターン別に徹底解説

説明をわかりやすくするために下記設定で話を進めます。

被相続人 母
相続人 長女、長男

遺産 2億円(自宅土地1億3,000万円、月極駐車場土地5,000万円、現預金2,000万円)

自宅土地 
 100㎡、母と長女が同居、長女が取得したときのみ小規模宅地等の特例が適用可能
月極駐車場土地 
 100㎡、相続開始3年超前から事業開始、長女長男どちらが相続しても小規模宅地等の特例が適用可能

公正証書遺言があり、すべての遺産を長女に相続させる旨の内容

長男が長女に対し相続税の申告期限までに遺留分侵害額請求を行使
((5)のケースは長男の遺留分侵害額請求前に長女が遺言を放棄した)

遺留分の相続法改正施行日であるR1.7.1以降の相続開始を前提

※ R1.7.1前の相続開始案件の場合には下記と異なる課税関係となるため注意が必要です。

(1)申告期限から2年後に遺留分が確定し、長女から長男に5,000万円の金銭を交付した場合

① 当初申告時

  
■長女
遺言書通りに2億円を相続したものとして相続税申告をします。
自宅土地、月極駐車場土地ともに小規模宅地等の特例の適用も可能です。

※よくある間違い
未分割申告として小規模宅地等の特例を適用しないで申告
この場合には遺留分確定時に小規模宅地等の特例を適用できないので注意が必要です。

   
■長男
遺言上、一切の財産を取得していないため当初申告における相続税の申告義務はありません。
したがって、長男は遺留分が確定するまで相続税の手続は何もする必要はないのです。
 

② 遺留分確定時

 
■長女
□相続税の更正の請求
当初申告の課税価格から長男に交付した5,000万円をマイナスした金額で更正の請求をします。
更正の請求の期限は、遺留分確定を知った日の翌日から4ヶ月以内です。

□譲渡所得税の確定申告
金銭は譲渡所得の基因となる財産には該当しないため譲渡所得税の確定申告は不要です。

■長男
長女から交付を受けた5,000万円の遺産を取得したものとして相続税の期限後申告をします。
期限後申告の期限は条文上定められていません。期限後申告の期限というワード自体が矛盾していますが、長男の相続税の申告期限はあくまで原則通り相続開始日の10ヶ月後の応当日なのです。
したがって、期限が過ぎている相続税申告となるため遺留分確定から何ヶ月という期限後申告書の提出期限は定めれれていないのです。
この場合、期限後申告となっていますが、無申告加算税や延滞税はかかりませんので安心してください。
なお、納付日には注意してください。期限後申告書提出後に納付してしまうと延滞税が賦課される可能性があるため期限後申告書提出と同時又は事前に納付は済ませておきましょう。
 

(2)申告期限から2年後に遺留分が確定し、長女から長男に月極駐車場土地5,000万円を交付した場合

① 当初申告時

■長女
遺言通りに2億円を相続したものとして相続税申告をします。
自宅土地、月極駐車場土地ともに小規模宅地等の特例の適用も可能です。

※よくある間違い
未分割申告として小規模宅地等の特例を適用しないで申告
この場合には遺留分確定時に小規模宅地等の特例を適用できないので注意が必要です。

■長男
遺言上、一切の財産を取得していないため当初申告における相続税の申告義務はありません。
したがって、長男は遺留分が確定するまで相続税の手続は何もする必要はないのです。
 

② 遺留分確定時

 
■長女
□相続税の更正の請求
当初申告の課税価格から長男に交付した5,000万円をマイナスした金額で更正の請求をします。
実際に交付したのは月極駐車場土地ですが、あくまで相続により月極駐車場土地を取得したのは長女ですので更正の請求においても月極駐車場土地は長女に帰属するものとして相続税を計算します。
改正前の取り扱いを知っている人にしたら若干ややこしいですが、遺留分確定により月極駐車場土地を交付した取引を2つに分けて考えるとわかりやすいです。
すなわち、

①遺留分確定により長男に対して5,000万円相当の金銭債権が発生
②5,000万円を金銭ではなく月極駐車場で代物弁済

上記②の取引は遺産相続の取引ではなく長女と長男の遺産相続外の取引と考えてください。
そうすれば理解できるかと思います。

なお、小規模宅地等の特例についての補足ですが、更正の請求時においても月極駐車場土地の小規模宅地等の特例の適用を受けるのも長女です。
結果的に月極駐車場土地を取得していないですが、申告期限後に長男に交付しているため申告期限までの保有継続要件を満たしているため更正の請求時においても小規模宅地等の特例を適用して大丈夫です。

また、更正の請求の期限は、遺留分確定を知った日の翌日から4ヶ月以内です。

□譲渡所得税の確定申告
長女は長男に5,000万円相当で月極駐車場土地を譲渡したと考えるため譲渡所得税の確定申告が必要です。相続税の申告期限から3年以内に譲渡しているため取得費加算の特例も適用可能です。

■長男
長女から交付を受けた5,000万円の遺産を取得したものとして相続税の期限後申告をします。
長女の場合と同様のロジックで実際には月極駐車場土地を取得していますが、5,000万円の金銭を取得したものとして相続税の期限後申告をします。
もちろん、長男は月極駐車場土地を相続により取得したのではなく代物弁済という遺産相続外の取引により取得しているため小規模宅地等の特例は適用できません。
期限後申告書の提出期限は(1)のケース同様です。
 

(3)申告期限までに遺留分が確定し、長女から長男に5,000万円の金銭を交付した場合

① 当初申告時(遺留分確定時)

■長女
長男に対して遺留分5,000万円を交付したものとして相続税申告をします。
代償分割で代償金5,000万円を交付した場合と同様に相続税申告書を作成します。
自宅土地、月極駐車場土地ともに小規模宅地等の特例の適用も可能です。
なお、遺産分割協議書に代替えする添付書類としては、「遺留分侵害額請求に基づく合意書」的なものを作成して長女と長男の自署、実印を押印したものを相続税申告書に添付すれば良いでしょう。

■長男
長女から交付を受けた5,000万円の遺産を取得したものとして相続税の期限内申告をします。
 

(4)申告期限までに遺留分が確定し、長女から長男に月極駐車場土地5,000万円を交付した場合

① 当初申告時(遺留分確定時)

■長女
□相続税の期限内申告
長男に対して遺留分5,000万円を交付したものとして相続税申告をします。
代償分割で代償金5,000万円を交付した場合と同様に相続税申告書を作成します。
自宅土地については小規模宅地等の特例の適用が可能です。
月極駐車場土地については申告期限までの保有継続要件を満たしていないため小規模宅地等の特例の適用はできません。
なお、遺産分割協議書に代替えする添付書類としては、「遺留分侵害額請求に基づく合意書」的なものを作成して長女と長男の自署、実印を押印したものを相続税申告書に添付すれば良いでしょう。

□譲渡所得税の確定申告
長女は長男に5,000万円相当で月極駐車場土地を譲渡したと考えるため譲渡所得税の確定申告が必要です。相続税の申告期限から3年以内に譲渡しているため取得費加算の特例も適用可能です。上記(2)②と同様ですね。

■長男
長女から交付を受けた5,000万円の遺産を取得したものとして相続税の期限内申告をします。
長女から実際に交付を受けたのは月極駐車場土地ですが、遺産相続外の取引により交付を受けた土地のため小規模宅地等の特例の適用はできません。
 
  

(5)申告期限までに長女及び長男が遺言を放棄し、遺産分割により長女が自宅土地、現預金を取得し、長男が月極駐車場土地を取得した場合

① 当初申告時(遺留分確定時)

■長女
□相続税の期限内申告
遺言を放棄していますので遺言がないものとして相続税申告をします。
自宅土地について小規模宅地等の特例の適用が可能です。
相続税申告書には遺産分割協議書を作成して長女と長男の自署、実印を押印したものを相続税申告書に添付します。遺言書は放棄していますので添付は不要です。

□譲渡所得税の確定申告
上記(4)と異なり、遺留分侵害額請求に伴い月極駐車場土地を長男に交付したわけではないので譲渡所得税の申告は不要です。

■長男
遺言を放棄していますので遺言がないものとして相続税申告をします。
月極駐車場土地について小規模宅地等の特例の適用が可能です。
上記(4)と異なり、通常の遺産分割により月極駐車場土地を取得していますので小規模宅地等の特例の適用が可能なのです。
 

経済的実態は上記(4)と全く同じなのに課税関係が大きく異なります。
なお、遺言と異なる遺産分割なんてしちゃうと贈与税とかが別途課税されるのではと疑問の人もいるかもしれませんが、下記国税庁質疑応答事例にて贈与税はかからないと解説されていますので安心してください。
国税庁HP 質疑応答事例 遺言書の内容と異なる遺産の分割と贈与税
 

(6)遺留分相当と2倍未満の乖離がある土地を長女から長男に交付した場合

仮に遺産の内容が下記だったとします。

自宅土地1億円
月極駐車場土地8,000万円
現預金2,000万円

この前提において長女が長男に月極駐車場土地8,000万円を遺留分の代物弁済として交付した場合にどのような課税関係となるでしょうか?
長男の遺留分は5,000万円相当のため月極駐車場土地8,000万円は遺留分を超えた財産の交付となってしまいます。この場合にその差額について長男から長女に清算金を支払った場合と支払わなかった場合について考えてみましょう。

① 長男から長女に清算金3,000万円を交付した場合

   
■長女の譲渡所得税の確定申告
譲渡収入8,000万円(遺留分の代物弁済5,000万円+清算金3,000万円)として譲渡所得を計算します。

■長男の月極駐車場土地の取得費
月極駐車場土地の取得費は、8,000万円(遺留分5,000万円+清算金3,000万円)となります。
 
      

② 長男から長女に清算金を交付しなかった場合

   
■長女の譲渡所得税の確定申告
譲渡収入5,000万円(遺留分の代物弁済5,000万円)として譲渡所得を計算します。

■長男の月極駐車場土地の取得費
月極駐車場土地の取得費は、5,000万円(遺留分5,000万円)となります。

■長男の贈与税の確定申告
時価8,000万円の月極駐車場土地を実質的に5,000万円で取得しているため差額3,000万円を長女から贈与を受けたものとみなされて贈与税の負担が生じる可能性があります。
 

(7)遺留分相当と2倍以上の乖離がある土地を長女から長男に交付した場合

仮に遺産の内容が下記だったとします。

自宅土地5,000万円
月極駐車場土地1億3,000万円(母の取得費9,000万円)
現預金2,000万円

この前提において長女が長男に月極駐車場土地1億3,000万円を遺留分の代物弁済として交付した場合にどのような課税関係となるでしょうか?
長男の遺留分は5,000万円相当のため月極駐車場土地1億3,000万円は遺留分を超えた財産の交付となってしまいます。この場合にその差額について長男から長女に清算金を支払った場合と支払わなかった場合について考えてみましょう。

① 長男から長女に清算金8,000万円を交付した場合

   
■長女の譲渡所得税の確定申告
譲渡収入1億3,000万円(遺留分の代物弁済5,000万円+清算金8,000万円)として譲渡所得を計算します。

■長男の月極駐車場土地の取得費
月極駐車場土地の取得費は、1億3,000万円(遺留分5,000万円+清算金8,000万円)となります。
 
      

② 長男から長女に清算金を交付しなかった場合

   
■長女の譲渡所得税の確定申告
譲渡収入5,000万円(遺留分の代物弁済5,000万円)として譲渡所得を計算します。
譲渡損4,000万円(譲渡収入5,000万円-母の取得費9,000万円)は認識できません。(所得税法第59条第2項)

■長男の月極駐車場土地の取得費
月極駐車場土地の取得費は、母の取得費9,000万円を引き継ぎます。(所得税法第60条第1項第2号)

■長男の贈与税の確定申告
時価1億3,000万円の月極駐車場土地を実質的に5,000万円で取得しているため差額8,000万円を長女から贈与を受けたものとみなされて贈与税の負担が生じる可能性があります。
 

遺留分侵害額請求がされている場合の相続税申告をパターン別に徹底解説の写真

この記事の執筆者:角田 壮平

東京税理士会京橋支部所属
登録番号:115443

相続税専門である税理士法人トゥモローズの代表税理士。年間取り扱う相続案件は200件以上。税理士からの相続相談にも数多く対応しているプロが認める相続の専門家。謙虚に、素直に、誠実に、お客様の相続に最善を尽くします。

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