パスワードの遺し方|エンディングノートに書いてはいけない理由
10秒でわかる この記事の要約
- パスワードは独立した財産権ではなく、サービスにアクセスするための認証情報です。遺言書に書いても、相続人にログインの権限を与える効力はありません。
- エンディングノートに直接書くのは避けてください。紛失・盗難のリスクがそのまま口座の被害になります。
- 遺言書に書くのも適しません。どの方式でも、相続人は内容を確認できます。法務局保管なら遺言書情報証明書、公正証書なら謄本です。
- 現実的な方法は4つです。①Apple・Googleの公式の故人アカウント機能 ②パスワード管理ソフトの緊急アクセス ③保管場所だけを伝える ④封筒と保管者を分ける。この順に検討してください。
- 家族がまず必要になるのは、口座番号ではなく「どこに何があるか」の一覧です。パスワードより先に、その一覧を作ってください。
終活の相談で必ず出てくるのが、パスワードの扱いです。
ネット銀行もネット証券も、通帳が届きません。
本人が亡くなった後、家族が最初にぶつかるのが「どこに口座があるのか分からない」という壁です。
そこで多くの方が、エンディングノートにIDとパスワードを書き並べようとします。
しかし、これは危険です。
エンディングノートは金庫に入れておくものではありません。家族が見つけられる場所に置くからこそ意味があります。つまり、他人にも見つかる場所にパスワードを置くことになります。
本記事では、パスワードを家族に遺す方法を、行政書士の実務目線で整理します。法律上どう位置づけられるのか、どこに書くべきでないのか、では何をすればよいのかを順に見ていきます。
パスワードは相続財産ではない
まず前提を押さえます。
パスワードは、それ自体が財産ではありません。
相続の対象になるのは、預金債権や証券口座の中身といった財産としての権利です。パスワードは、その権利にアクセスするための符号にすぎません。
そのため、遺言書に「パスワードを長男に相続させる」と書いても、サービスの規約を超えて、その人にログインや操作の権限を与える効力はありません。
なお、これは実務上とても重要な区別です。
家族がパスワードを知っていても、それだけで口座を解約できるわけではないからです。金融機関の手続きには、戸籍一式と相続人全員の同意書類が必要になります。
パスワードが役に立つのは「財産を見つける」場面であって、「引き出す」場面ではありません。
ここを取り違えると、対策の方向がずれます。
遺言作成サポートの内容と料金の全体像は、こちらにまとめています。
家族が本人のIDでログインすると何が問題か
「家族なのだから、本人のIDでログインすればよい」と考える方は少なくありません。
ただし、そう単純ではありません。
不正アクセス行為の禁止等に関する法律第3条は「何人も、不正アクセス行為をしてはならない」と定めています。
もっとも、同法第2条第4項第1号は、不正アクセス行為の定義から「当該アクセス管理者又は当該識別符号に係る利用権者の承諾を得てするもの」を除いています。
つまり、本人の承諾があれば、それだけで直ちに不正アクセスになるわけではありません。
問題は、その承諾が死後も有効といえるかがはっきりしない点です。
本人はもう意思を示せません。
承諾の範囲がどこまでだったのかを、後から確認する手段もありません。
なお、法律以前に規約の壁があります。
多くの金融機関やサービスは、利用規約でIDの第三者への貸与・譲渡を禁止しています。
規約違反があった場合、口座の凍結や、トラブルが起きたときに補償の対象外となる扱いにつながることがあります。
そして実務上いちばん現実的なリスクは、別のところにあります。
他の相続人から「勝手にログインして残高を動かした」と主張されることです。
私が相談を受けてきた中では、刑事の問題より、この相続人間の争いのほうが起きています。
ただし、ログインの評価は一律ではありません。
残高を見るだけなのか、送金や解約まで行うのか、他の相続人の同意があるのかによって、意味がまったく違います。
財産の所在を確認したら、そこで手を止めてください。
その後は故人名義で操作を続けず、金融機関に死亡を届け出て、相続手続きとして進めます。
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エンディングノートに直接書いてはいけない3つの理由
理由1:置き場所と安全性が両立しない
エンディングノートは、家族に見つけてもらうためのものです。
机の引き出しやリビングの棚など、見つかりやすい場所に置くことになります。
そこにパスワードが書いてあれば、来訪者や事業者、修理業者の目にも触れ得ます。
金庫にしまえば安全ですが、今度は家族が見つけられません。
理由2:更新されない
パスワードは変わります。
サービス側から定期変更を求められることもありますし、不正ログインの通知が来て変えることもあります。
ノートに書いた瞬間から、その情報は古くなり始めます。
古いパスワードは、役に立たないだけでなく、「合っているはずなのに入れない」という混乱を生みます。
理由3:ロックがかかる
多くのサービスは、パスワードを数回間違えるとアカウントをロックします。
古い情報を見ながら家族が入力を繰り返すと、解除の手続きがさらに必要になります。
なお、この状態で本人が亡くなっていると、解除自体が相続手続きの話になります。
手間を減らすつもりが、増やす結果になります。
遺言書に書くのも適さない
では遺言書ならどうか、という相談もよく受けます。
これも適しません。
自筆証書遺言を法務局に預けていない場合、家庭裁判所の検認が必要です。
検認には相続人が呼ばれ、相続人は遺言書の内容を確認できます。
パスワードを書いていれば、その場にいる全員に伝わります。
法務局に預けていれば検認は不要です。
ただし、この場合も相続人は遺言書情報証明書の交付を受けて内容を確認できます。
公正証書遺言も検認は不要です。
原本は公証役場に保管されますが、相続人は謄本の交付を請求できます。
つまり、どの方式でも、相続人には内容が伝わる前提で考える必要があります。
ただし、実務上さらに困るのは別の点です。
遺言書は書き直しに手間がかかります。
公正証書であれば、公証人の関与と手数料が再度必要です。
半年ごとに変わる情報を、そこに載せる意味はありません。
遺言書に書くべきなのは、パスワードそのものではなく、財産の所在と分け方です。
現実的な4つの遺し方
方法1:サービス公式の「故人アカウント」機能を設定する(最優先)
これを最初に設定してください。
Appleには「故人アカウント管理連絡先」、Googleには「アカウント無効化管理ツール」があります。
いずれも、指定した相手が所定の手続きを踏むことで、本人のデータを受け取れる仕組みです。
この方式の要点は、パスワードを渡さずに済むことです。
家族は本人になりすますのではなく、サービス提供者が認めた立場でデータを受け取ります。
なお、引き渡される範囲には制限があります。
たとえばAppleの故人アカウント管理連絡先では、iCloudキーチェーンに保存されたパスワードや決済情報、購入済みコンテンツは対象外とされています。
つまり、公式機能は「全パスワードを家族に渡す仕組み」ではありません。
写真やファイルを遺すには十分ですが、これだけで口座の把握までは完結しない、と理解してください。
設定手順と、渡せるもの・渡せないものの詳細はApple・Googleの死後設定|故人アカウントと無効化管理ツールにまとめました。
方法2:パスワード管理ソフトの緊急アクセス機能を使う
パスワード管理ソフトの中には、緊急連絡先を登録できるものがあります。
指定した相手が申請すると、一定の待機期間の後に本人の保管庫へアクセスできる仕組みです。
本人が生きていれば、待機期間中に申請を却下できます。
ただし、仕様はソフトごとに大きく異なります。契約前に次を確認してください。
| 確認すること | なぜ必要か |
|---|---|
| 無料プランで使えるか | 有料プラン限定の場合がある |
| 家族側にもアカウントが必要か | 必要な場合、生前に一緒に登録しておく |
| 閲覧だけか、引き継ぎまでか | 引き継ぎ型はマスターパスワードが変更されることがある |
| 保管庫の中身が全部見えるか | 仕事用や私的な情報まで開示されうる |
| 待機期間中に本人が拒否できるか | 生前の誤発動を防ぐ |
実務的には、全部を入れた保管庫を丸ごと渡すより、相続用の情報だけを入れた保管庫を別に作るほうが安全です。
また、緊急アクセスでパスワードが分かっても、故人名義で銀行を操作してよいことにはなりません。把握した後は、各社の相続手続きへ移ります。
方法3:パスワードではなく「保管場所」を伝える
エンディングノートには、パスワードそのものではなく、どこを見れば分かるかだけを書きます。
「机の右下の引き出しの茶封筒」「〇〇銀行の貸金庫」といった記載です。
この方法なら、ノートが人目に触れても、それだけでは口座に入れません。
方法4:封筒と保管者を分ける
パスワードを書いた紙は封をして、信頼できる人に預けます。
そのうえで、預けた相手をエンディングノートに書いておきます。
情報そのものと、情報のありかを、別の人が持つ形です。
ただし、預けた相手が先に亡くなることもあります。年に一度は見直してください。
パスワードより先に作るべき「一覧」
ここまで書いてきましたが、実務の感覚では、優先順位は別のところにあります。
家族が最初に困るのは、パスワードが分からないことではありません。
そもそも、どこに口座があるのかを知らないことです。
紙の通帳があれば、家の中を探せば見つかります。
ネット銀行やネット証券には、それがありません。
なお、こうしたネット上の資産は、相続税の申告でも把握漏れが起きやすい財産です。関連解説(税理士法人トゥモローズ)「ネット口座、仮想通貨などのデジタル遺品と相続税」もあわせてご確認ください。
そのため、まず作るべきなのは、次の一覧です。
| 書く項目 | 書かない項目 |
|---|---|
| 金融機関名・サービス名 | パスワード |
| 支店名(分かる範囲で) | 暗証番号 |
| 契約の名義 | 秘密の質問の答え |
| 問い合わせ窓口 | 2段階認証の復旧コード |
| 公式の故人アカウント設定の有無 | 暗号資産の秘密鍵・シードフレーズ |
| 登録しているメールアドレス | ワンタイムパスワードの受信先の設定内容 |
この一覧があれば、家族は各社に問い合わせて残高証明書を請求できます。
パスワードがなくても、相続手続きは進みます。
なお、口座番号は必須とは限りません。金融機関名が分かれば、相続人として口座の有無を照会できる場合があります。
ただし、必要書類や検索の対象となる支店の範囲、旧姓・旧住所の取扱いは金融機関ごとに異なります。
支店名や口座番号、過去の住所まで分かっていれば、調査は確実に早くなります。
ただし、一覧そのものも軽いものではありません。
取引先や資産の状況が分かる情報です。フィッシングやなりすましの材料にもなり得ます。
パスワードを書くよりは安全、というだけです。
施錠できる場所に置くか、暗号化した保存先で管理してください。
一覧に何を書き、どうやって口座を洗い出すかはネット銀行・ネット証券の一覧の作り方|通帳のない口座を遺すで詳しく整理しました。
よくある質問(FAQ)
Q1. Appleの故人アカウント管理連絡先では、何が引き継げますか?
A. 指定された相手が、所定の手続きを経て本人のデータにアクセスできる仕組みです。ただしiCloudキーチェーンに保存されたパスワードや決済情報、購入済みのコンテンツは対象外とされています。全パスワードを引き継ぐ機能ではない点に注意してください。
Q2. パスワード管理ソフトは何を基準に選べばよいですか?
A. 緊急アクセス機能の有無と、家族が使い続けられるかで選んでください。日本語の画面があるか、スマートフォンで使えるか、料金が年払いかを確認します。高機能でも家族が操作できなければ意味がありません。
Q3. 本人が認知症になった場合、パスワードは使えますか?
A. 本人の判断能力が低下しても、家族が代わりに操作してよいことにはなりません。任意後見契約や財産管理委任契約を結んでおけば、受任者が金融機関の代理人手続きに沿って対応できます。ただし、これらの契約を結んでも受任者が本人のIDでログインできる権限が生じるわけではありません。パスワードの共有ではなく、契約で備えてください。
Q4. パスワードを書いた紙を貸金庫に入れておくのはどうですか?
A. 保管の安全性は高い一方、本人の死亡後の開扉は銀行所定の相続手続きに従います。誰の立会いや同意が必要か、鍵がないときの扱いは銀行によって異なります。唯一の控えを貸金庫だけに入れると、開けるための手続きが先に必要になるため、単独の保管先には向きません。
Q5. スマートフォンのロック解除番号は家族に伝えておくべきですか?
A. エンディングノートに平文で書く方法はおすすめしません。端末を解除できると、メール、SMS認証、写真、金融アプリまで広く触れてしまうためです。まずAppleやGoogleの公式の故人アカウント機能を設定し、端末内のデータを誰に渡すかを決めてください。どうしても控えを残す場合は封をして別に保管し、使う目的を写真の保存や契約先の確認に限定します。
Q6. サブスクの解約は誰がやるのですか?
A. 相続人や遺言執行者、死後事務委任の受任者が、各社の死亡時の手続きに従って解約を申し出ます。故人のIDでログインして解約する方法は標準的な手順にしないでください。事業者によって死亡を証する書類の要否が異なります。契約中のサービス名を一覧にしておけば、請求が続く事態を防げます。
遺言作成サポートの内容と料金の全体像は、こちらにまとめています。
まとめ
パスワードは財産ではありません。
そのため、遺言書で承継させることはできませんし、書き残すこと自体にリスクが伴います。
エンディングノートに直接書くのは避けてください。見つけやすさと安全性は両立しません。
現実的なのは、パスワード管理ソフトの緊急アクセス機能を使うか、保管場所だけを伝えるか、封筒と保管者を分けるかの3つです。
そして、それ以前にやるべきことがあります。
どこに口座があるかの一覧を作ることです。
この一覧があれば、パスワードが分からなくても相続手続きは進みます。
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根拠法令・公的資料
- 不正アクセス行為の禁止等に関する法律第3条(不正アクセス行為の禁止)
- 不正アクセス行為の禁止等に関する法律第5条(不正アクセス行為を助長する行為の禁止・識別符号の提供禁止)
- 民法第896条(相続の一般的効力)
- 民法第1004条(遺言書の検認)
