限定承認をした場合の準確定申告や相続税について徹底解説
限定承認は相続全体の手続きのなかでも、とりわけ複雑かつ難解な制度として知られています。
実際のところ、相続放棄との比較や法務的な流れに目が向きがちですが、税金面も非常に重要なポイントになります。
本コンテンツでは、限定承認にフォーカスしながら、準確定申告・相続税申告そして相続後の相続人の所得税申告における具体的な留意点などを中心に深掘りしていきます。
また、各章ごとにQ&Aを用意し、疑問点をピンポイントで解消できるよう工夫しました。
ぜひ最後までご覧いただき、限定承認の税務面について理解を深めていただければ幸いです。
目次
1. 限定承認とは
限定承認とは、被相続人(亡くなった方)の財産や負債を含む一切の権利義務を「相続財産の範囲内」で承継する制度です。
もし負債が財産より多かったとしても、限定承認を選択すれば、超過分を相続人が自らの固有財産で負担する必要がなくなります。
単純承認(無制限で相続する方法)だと、相続財産を上回る借金を背負うリスクが発生し得るため、債務超過が疑われる場合には限定承認が選択肢に上がるのです。
一方、相続放棄はプラスもマイナスも一切継承しません。
限定承認は、「財産が残るかどうかを確認しながらリスク回避できる」制度である一方、手続きが複雑で相続人全員による共同申述が必要になる点が特徴です。
①Q&A
Q1:限定承認は毎年どのくらいの件数?
A: 限定承認は毎年700件弱でありそこまで頻繁に発生するケースではありません。
過去5年間の死亡者数、限定承認、相続放棄の件数の推移です。
年度 | 死亡者数 | 限定承認 (受理件数) |
相続放棄 (受理件数) |
令和元年(2019年) | 1,381,093人 | 656件 | 225,416件 |
令和2年(2020年) | 1,372,755人 | 675件 | 234,732件 |
令和3年(2021年) | 1,439,856人 | 689件 | 251,994件 |
令和4年(2022年) | 1,569,050人 | 696件 | 260,497件 |
令和5年(2023年) | 1,575,936人 | 688件 | 282,785件 |
相続放棄と比較すると限定承認がどれだけレアケースであるというのがわかると思います。
Q2:限定承認と相続放棄の異同点を教えて
A: 主な異同点は下記の通りです。
異同点 | 限定承認 | 相続放棄 |
承継 範囲 |
資産超過の場合には 超過部分の資産の承継が可能 |
プラスの財産も含めて一切取得しない |
申述 期限 |
3ヶ月以内 | |
申述 期限 延長 |
可能 (3ヶ月毎に延長申請) |
|
申述者 | 相続人全員で申述 | 単独申述可能 |
所得税 | 被相続人のみなし譲渡として 準確定申告が必要 |
被相続人の納税義務は承継しない |
相続税 | 原則として単純承認と同様 |
・相続放棄者はみなし相続財産のみ相続税の対象 ・基礎控除など相続放棄がなかったものとして計算する規定が複数あり |
メリット | 債務超過でも限定された責任で済み、 資産が残る可能性がある |
負債を完全に回避できる |
デメリット | 手続きが複雑で余計な税金や手間がかかる | 結果的に資産超過であっても 財産を受け取れなくなる |
Q3:限定承認で財産が何も残らなかった場合、弁護士報酬や税理士報酬などは誰が負担するの?
A: 最終的にプラスの財産が残らなければ、報酬や手続きに要した費用を相続財産だけでまかないきれない可能性があります。
その場合、相続人が自己負担せざるを得ないケースもあります。 事前に資産や負債を可能な限り精査し、手続きのコストも見込んでおく必要があります。
2. 準確定申告
被相続人が生前に所得を得ていた場合、その最終的な所得税申告を相続人が行うことが必要になります。
これを準確定申告といい、「相続の開始があったことを知った日から4ヶ月以内」に手続きを完了するルールがあります。
準確定申告の詳しい解説は、【準確定申告】申告期限は4ヶ月!提出していなかった場合のペナルティも解説!をご参照ください。
限定承認で一番ポイントとなる税金の論点はこの準確定申告です。
被相続人が譲渡所得の基因となる財産(不動産、有価証券等)を保有していた場合において、相続人が限定承認をしたときは、被相続人が相続開始日にその財産を相続人に対して時価で譲渡したものとみなして譲渡所得税がかかるのです。
譲渡していないのに譲渡所得税がかかることから「みなし譲渡所得」といわれます。
もちろん、その財産が相続開始時に含み益がなければ所得税はかかりません。
①計算方法
準確定申告のみなし譲渡課税にかかる所得税の計算方法は、譲渡所得✕税率となります。
計算要素ごとに確認していきましょう。
①譲渡所得
譲渡所得の計算式は下記の通りです。
※1 譲渡収入
その財産の相続開始時点の時価となります。
※2 その財産の取得費
その財産の購入費用です。不明な場合には譲渡収入の5%を取得費とみなします。
取得費の詳しい解説は、取得費(譲渡所得)をわかりやすく徹底解説!をご参照ください。
※3 特例適用に伴う特別控除額
一番有名なものだとマイホームの3,000万円控除となります。
マイホームの3,000万円控除の詳しい解説は、マイホーム(居住用財産)を売却したときの3,000万円特別控除を徹底解説をご参照ください。
限定承認のみなし譲渡の場合には要件を満たさない可能性も高いです。
詳しくは、下記Q&AのNo.5をご参照ください。
所得税に詳しい人だと、あれ?「譲渡費用」がないじゃん!って思ったのではないでしょうか。
限定承認によるみなし譲渡では実際に譲渡するわけではないため譲渡費用が生じる可能性はほぼないと思うので敢えてカットしました。
②税率
譲渡所得の税率は財産ごとに異なります。
主な財産の税率は下記の通りです。
資産の種類 | 税率 |
不動産(5年超保有) | 15.315% |
不動産(5年以内保有) | 30.63% |
株式等 | 15.315% |
上記以外の財産 | 他の所得と合算して 総合課税の税率 |
②Q&A
Q1:限定承認の申述は3ヶ月毎に延長できるとのことですが、限定承認が決定しない限りは準確定申告の計算もできないので、準確定申告の期限は延長可能ですか?
A: 準確定申告の期限は延長できません。
したがって、期限内に限定承認の有無が決まらずに期限後に申告した場合には延滞税や無申告加算税が別途賦課される可能性があります。
ただし、やむを得ない事情を申告時に税務署へ説明し、延滞税等が免除されるケースもゼロではありませんが、過去の裁判例等を鑑みると免除される可能性は低いでしょう。
Q2:限定承認の申述を3ヶ月延長したのですが、準確定申告については期限が延長できないため延滞税等がかかることを避けたいです。
したがって、限定承認が受理されたとの前提で準確定申告の期限内申告をしようと考えています。
この準確定申告という行為自体が相続財産の処分行為に該当し、法定単純承認とされ、限定承認が却下されないか心配ですが、準確定申告をしてしまっても良いでしょうか?
A: ご指摘の通り、準確定申告は、被相続人の租税債務の確定行為ですので法定単純承認に該当する可能性は否めません。
したがって、準確定申告が期限後申告になる場合の延滞税等のリスクと限定承認が否認されるリスクを総合的に鑑みて準確定申告を期限内にするか否かを決定する必要があります。
Q3:限定承認によるみなし譲渡課税の対象となるのはすべての財産ですか?
A: すべての財産ではなく譲渡所得の基因となる財産のみです。
主な譲渡所得の対象となる財産、ならない財産は下記の通りです。
対象となる財産 | 対象とならない財産 |
土地 借地権 建物 株式 金地金 宝石、書画、骨とう等 |
現金・預金 金銭債権 棚卸資産 立木 日常生活用動産(家具、衣類、家電など)等 |
Q4:限定承認によるみなし譲渡課税の基礎となる譲渡収入は相続開始時の時価とのことですが、相続開始時の時価は相続税評価額で良いのでしょうか?
A: 相続税評価は原則として時価とは異なりますので別途時価を算定する必要があります。
主な財産の時価は下記の通り把握します。
■上場株式:相続開始日の終値
Q5:相続財産に被相続人の自宅があるのですが限定承認によるみなし譲渡所得課税の計算上、マイホームの3,000万円控除は適用できますか?
A: 譲渡先により異なります。
マイホームの3,000万控除の要件の一つに買主が下記の者でないことというものがあります。
直系血族
生計を一にする親族
婚姻の届出をしていないが事実上婚姻関係と同様の事情にある者
一定の同族会社等
したがって、相続人が上記に該当すればマイホームの3,000万円控除の適用はできません。
これに対し、上記以外の者であれば他の要件を満たすことによりマイホームの3,000万円控除の適用は可能です。
Q6:みなし譲渡の準確定申告は住民税もかかりますか?
A: かかりません。
住民税は、賦課年の1/1の居住者に対して課税されますので、被相続人は1/1には存命していませんので住民税はかかりません。
3. 相続税申告
限定承認をした場合でも資産から負債を控除した金額が基礎控除を超えた場合には相続税申告が必要となります。
相続税の計算方法の詳しい解説は、相続税シミュレーションをご参照ください。
限定承認をした場合の相続税の計算は単純承認をした場合(すなわち、通常の相続税計算)とほぼ変わりありません。
限定承認の場合の特有の留意点は下記の通り限定的です。
①準確定申告に伴う所得税を債務控除
これは単純承認でも出てくる論点ですが、限定承認のときには前述の通り準確定申告でみなし譲渡所得を認識するため所得税が多額に発生する可能性があります。
このみなし譲渡所得に伴う所得税も当然相続税の債務として財産からマイナスできますので忘れないようにしましょう。
②債務控除をできない場合がある
単純承認の場合には全額債務控除できたのに限定承認では債務控除の一部が制限される可能性があります。
具体例で確認していきましょう。
被相続人 母
相続人 長男、長女
母の遺産 預金3,000万円
母の負債 借入金4,000万円
死亡保険金 5,000万円(受取人長男50%、長女50%)
この場合において、長男と長女が限定承認をした場合に相続税申告が必要となるかどうか確認します。
【限定承認】
遺産総額:3,000万円(預金)+5,000万円(死亡保険金)=8,000万円
生命保険非課税枠:1,000万円(500万円✕二人)
課税遺産総額:8,000万円-1,000万円=7,000万円>4,200万円(基礎控除) ∴相続税申告必要
【単純承認】
遺産総額:3,000万円(預金)+5,000万円(死亡保険金)=8,000万円
生命保険非課税枠:1,000万円(500万円✕二人)
債務控除:4,000万円
課税遺産総額:8,000万円-1,000万円-4,000万円=3,000万円<4,200万円(基礎控除) ∴相続税申告不要
限定承認をした場合には、財産<負債のため負債が全額切り捨てられて債務控除できる金額がゼロになりますが、単純承認の場合には負債の切り捨てがないため借入金の全額が債務控除の対象となります。
したがって、死亡保険金や死亡退職金等のみなし相続財産がある場合に限定承認をするときは相続税課税に注意しましょう。
みなし相続財産の詳しい解説は、みなし相続財産とは? わかりやすく徹底解説をご参照ください。
なお、上記の具体例だと限定承認の場合には借入金は全額免除されるため相続税がかかったとしても単純承認よりは手残りが増えると思います。
③みなし譲渡の時価と相続税評価
みなし譲渡所得を計算する上で譲渡収入は「相続開始時点の時価」と説明しました。
この時価を相続税申告でそのまま採用する必要はありません。
すなわち、みなし譲渡所得の計算で使った金額と相続税申告の計算で使う金額が異なるということです。
例えば、被相続人が時価1億円、相続税評価8,000万円の土地を保有していたとします。
みなし譲渡所得計算上の譲渡収入は1億円で計算しますが、相続税申告上の評価額は8,000万円で良いのです。
同じ税金の計算で、かつ、同じ財産なのに税目が異なると違う数字を使うことになるのです。
4. 限定承認後の相続人の所得税
限定承認をした場合には準確定申告、相続税申告以外にも限定承認後の相続税の所得税計算で留意すべき点が複数あります。
論点ごとに解説していきます。
①取得費と保有期間
相続人が限定承認をした場合において、限定承認により取得した財産を譲渡したときは、単純承認と異なり被相続人の取得費や保有期間を引き継ぎません。
具体的には下記となります。
限定承認 | 単純承認 | |
取得費 | 相続開始時の時価 (みなし譲渡の譲渡収入と同額) |
被相続人の取得費を引き継ぐ |
保有期間 | 相続開始日を起算日 | 被相続人の取得日を起算日 |
下記土地を相続人が譲渡した場合の譲渡所得税を限定承認のときと単純承認のときで比較してみましょう。
被相続人の遺産 土地のみ
被相続人の土地の取得費 500万円
被相続人の土地の購入日 昭和50年1月
相続開始時の土地の時価 6,000万円
相続開始日 令和7年2月
相続人の土地譲渡日 令和9年5月
相続人の土地譲渡対価 7,000万円
【限定承認】
譲渡収入 7,000万円
取得費 6,000万円(相続開始時の時価)
保有期間 2年3ヶ月(相続開始日~譲渡日)
税率 39.63%(短期譲渡に該当)
所得税額 (7,000万円 - 6,000万円) ✕ 39.63% = 3,963,000円
【単純承認】
譲渡収入 7,000万円
取得費 500万円(被相続人の取得費を引き継ぐ)
保有期間 50年1ヶ月(被相続人の購入日~譲渡日)
税率 20.315%(長期譲渡に該当)
所得税額 (7,000万円 - 500万円) ✕ 20.315% = 13,204,700円
②取得費加算の特例
限定承認により取得した財産については取得費加算の特例の適用ができません。
これも限定承認をした相続人の税金上の取り扱いの留意点です。
取得費加算の特例についての詳しい解説は、相続税の取得費加算の特例をわかりやすく徹底解説をご参照ください。
③賃貸不動産の賃料収入
遺産に賃貸不動産があった場合において、限定承認により当該不動産を取得したときは、その家賃は相続人の所得に該当するでしょうか?
答えは、所得に該当します。
限定承認をしたとしても単純承認と同様に引き継いだ財産の所得は認識する必要があります。
詳しい解説は、国税庁HP 質疑応答事例 限定承認をした相続財産から生じる家賃をご参照ください。
5. まとめ
限定承認は、相続人にとって大きなメリット(債務の超過分を自分の固有財産で負担しない)をもたらす制度である一方、「準確定申告」や「相続税申告」において多くの論点が発生し、課税関係が複雑化しがちです。
特に、不動産や株式などを換価する過程で譲渡所得税が生じるほか、相続税評価と実際の売却時価のズレがある点などは、十分な注意を要します。
また、申述期限や申告期限の管理を誤ると、延滞税・加算税などのリスクも高まります。
相続の全貌を早めに把握し、必要に応じて弁護士や税理士など専門家に相談することで、手続きと税金の両面で最適な対応を計画的に進めていくことが肝心です。
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相続税の手続きは慣れない作業が多く、日々の仕事や家事をこなしながら進めるのはとても大変な手続きです。
また、適切な申告をしないと、後の税務調査で本来払わなくても良い税金を支払うことにもなります。
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