シンガポールに相続税はない|プロベートと日本の相続税申告の注意点

- シンガポールの相続では原則として『Grant of Probate』または『Letters of Administration』が必要
- 遺言がない場合、動産(預金など)の分配は故人の死亡時のdomicile(生活の本拠)の国の法による。シンガポールにdomicileがあればIntestate Succession Act 1967の法定相続分
- SGD 50,000以下でも、裁判所への申立て済み・未払債務・非上場株などの対象外事由があるとPublic Trusteeは扱わない
- CPF(中央積立基金)は相続財産に含まれず、別途ノミネーション制度で承継される
- シンガポールには相続税がないが、日本に住所がある相続人などは国外財産も相続税の課税対象(申告・納税が必要かは基礎控除や特例を踏まえて判断)
「シンガポールの銀行口座を相続することになったのですが、どう手続きすればいいですか?」
シンガポールは、アジアの金融ハブとして日本人の資産運用先としても人気があります。
銀行口座や不動産、さらにはシンガポールで働いていた方のCPF(年金のような制度)など、相続の対象となる財産は多岐にわたります。
この記事では、年間300件以上の相続税申告を手がける相続専門税理士が、シンガポールの相続手続きについて実務経験をもとに徹底解説します。
シンガポールの相続制度の基本
シンガポールの相続制度は、イギリス法(コモンロー)を基礎としています。
そのため、日本とは根本的に異なる仕組みで相続が進みます。
日本との制度の違い
| 項目 | 日本 | シンガポール |
| 相続の開始 | 死亡と同時に相続人が権利取得 | 裁判所の許可(Grant)が必要 |
| 遺産の管理 | 相続人が直接管理 | 遺産管理人が管理・分配 |
| 相続税 | あり(最高55%) | なし(2008年廃止) |
この制度の違いについては、国際相続があった場合の準拠法で詳しく解説しています。
Grant of ProbateとLetters of Administrationの違い
シンガポールでは、遺産を管理・分配するために裁判所からの正式な許可が必要です。
| 種類 | 適用場面 | 遺産管理者 |
| Grant of Probate | 有効な遺言書がある場合 | 遺言で指定された遺言執行者 |
| Letters of Administration | 遺言書がない場合 | 裁判所が選任した遺産管理人 |
日本人がシンガポールに財産を持っているケースでは、シンガポール法に基づく遺言書を作成していないことが多く、Letters of Administrationの申請が一般的です。
遺言がない場合の法定相続分
シンガポールで遺言書がない場合、Intestate Succession Act(無遺言相続法)に基づいて遺産が分配されます。
日本の民法とは法定相続分が異なるため、注意が必要です。
シンガポール法の法定相続分
| 相続人の構成 | 配偶者 | 子 | 親 |
| 配偶者のみ | 全額 | – | – |
| 配偶者と子 | 1/2 | 1/2を均等分割 | – |
| 配偶者と親(子なし) | 1/2 | – | 1/2を均等分割 |
| 子のみ(配偶者なし) | – | 全額を均等分割 | – |
注意:日本法では配偶者と子の法定相続分は各1/2ですが、シンガポール法も同じ1/2ずつです。ただし、配偶者と親の場合、日本法では配偶者2/3・親1/3ですが、シンガポール法では各1/2となり、差が生じます。
なお、公的受託者は、非ムスリムの遺産のうち動産(預金など)の分配は、故人が死亡した時点でdomicile(生活の本拠)を有していた国の法によると説明しています。domicileは、国籍とも単なる住所とも異なる概念です。シンガポール国内の不動産については、シンガポール法が適用されます。
また、ムスリムの相続には別の取扱いがあるため、上記の分配表を一律にあてはめることはできません。
シンガポールで遺言を作成していなくても、日本などで作成された遺言があれば無遺言ではありません。遺言の有無と有効性を確認したうえで、どの手続きになるかを判断します。
国籍と相続の関係については、国際相続 国籍についてわかりやすく徹底解説をご参照ください。
少額遺産の簡易手続き(Public Trustee)
シンガポールでは、目安として、遺産が一定額(一般にS$50,000以下)ならPublic Trusteeの手続きが検討できます。ただし、資産の種類や争いの有無など条件があるため、該当要件の確認が必要です。
Public Trustee手続きのメリット
・弁護士への依頼が不要(費用を大幅に削減)
・手続き期間が短い(通常2〜4ヶ月)
利用条件
・Letters of Administration/Grant of Probate の申立てが、まだ裁判所に行われていないこと
・相続人間で争いや競合する請求がないこと
・未払いの債務や負債がないこと
・非上場会社の株式・持分、事業に関する権益がないこと
・故人が単独で保有していたHDB住戸について子が相続する資格がある場合や、係属中の訴訟、指定受取人のある保険、子との信託口座、商用車がないこと
注意:金額だけで利用の可否は決まりません。裁判所に申立てをした後は公的受託者が扱わないため、少額の可能性がある場合は申立て前に利用条件を確認してください。
費用
Public Trusteeの手数料は遺産総額に応じて決まります。
| 遺産総額 | 手数料率 |
| 最初のSGD 5,000 | 6.5% |
| 次のSGD 2,000 | 6.0% |
| 次のSGD 3,000 | 4.25% |
| 次のSGD 10,000 | 2.75% |
| 次のSGD 30,000(合計SGD 50,000まで) | 2.25% |
例えば、遺産総額がSGD 30,000の場合、手数料はSGD 1,072.50です(325+120+127.50+275+225)。公的受託者は、この手数料にGSTが含まれ、免除はできないとしており、最低手数料はSGD 15としています。
正式なプロベート手続きの流れ
遺産総額がSGD 50,000を超える場合や不動産が含まれる場合は、正式なプロベート手続きが必要です。
手続きの流れ
↓
STEP2:必要書類の収集・翻訳・認証
↓
STEP3:家庭裁判所(Family Justice Courts)への申請
↓
STEP4:裁判所による審査・Grant発行
↓
STEP5:各金融機関・機関での相続手続き
↓
STEP6:遺産の分配・清算
必要書類
| 書類 | 備考 |
| 死亡証明書 | 日本の死亡届記載事項証明書(英訳・認証必要) |
| 戸籍謄本一式 | 被相続人の出生〜死亡、相続人全員分(英訳・認証必要) |
| 遺言書(ある場合) | 原本が必要 |
| 遺産目録 | シンガポール国内の財産一覧 |
| 相続人の身分証明書 | パスポートコピーなど |
費用と期間の目安
| 項目 | 目安 |
| 弁護士費用 | SGD 3,000〜15,000(約33万〜165万円) |
| 裁判所手数料 | SGD 200〜500程度 |
| 翻訳・認証費用 | 10万〜30万円 |
| 所要期間 | 6ヶ月〜1年以上 |
CPF(中央積立基金)の相続
シンガポールで働いていた方は、CPF(Central Provident Fund:中央積立基金)に残高がある可能性があります。
CPFとは
CPFは、シンガポールの強制貯蓄制度で、日本の年金・健康保険・住宅積立を合わせたような制度です。
CPF貯蓄は“遺産(estate)を構成しない”扱いのため、遺言の対象にできず、原則としてノミネーションに基づき支払われます。
CPFの承継方法
CPFには「ノミネーション制度」があり、加入者が生前に受取人を指定できます。
| ノミネーションの有無 | 承継方法 |
| ノミネーションあり | 指定された受取人に直接支払われる |
| ノミネーションなし | Public Trusteeが法定相続人に分配 |
実務上の注意点:CPFノミネーションは、結婚で自動的に取り消されます。一方で、離婚では原則として取り消されないため、離婚後は内容の見直しが重要です。シンガポールで働いていた被相続人がいる場合は、CPFボードに残高とノミネーション状況を確認することが重要です。
日本の相続税申告との関係
シンガポールには相続税がありませんが、日本の相続税申告では注意すべき点があります。
日本での課税関係
日本の相続税の課税範囲は、相続人・被相続人の“住所”や“国籍”“過去の居住状況”で決まります。
日本に住所がある場合などは、国外財産も課税対象となるのが原則です。
納税義務の判定については、国際相続における相続税の納税義務の判定を徹底解説!をご参照ください。
申告期限との兼ね合い
日本の相続税の申告期限は、原則として“死亡を知った日の翌日から10か月以内”です。
もっとも、相続税で評価するのは相続開始日(死亡日)時点の財産です。プロベートの完了を待たなくても、銀行が発行する死亡日時点の残高証明書などがあれば評価できます。
問題になるのは、口座の特定や残高証明書の取得に時間がかかり、期限までに正確な金額を確認できない場合です。
①残高証明書等を早めに取得し、期限内に申告
②死亡日時点の残高や評価に誤りがあったと分かった時点で、修正申告または更正の請求
(解約して受け取った金額との差が、死亡日より後の利息・手数料・為替の変動によるものであれば、評価額は変わりません)
外貨建て財産の評価
シンガポールドル建ての財産は、取引金融機関が公表する課税時期(死亡日)のTTBで円換算します。
詳しくは、【相続税申告】外貨建て財産、債務の邦貨換算を徹底解説をご参照ください。
国外財産調書
シンガポールの財産は「国外財産」に該当します。
年末時点で5,000万円超の国外財産を有する“居住者(非永住者を除く)”は、国外財産調書の提出が必要です。
詳しくは、国外財産調書制度を徹底解説!提出義務から書き方まで完全ガイドをご参照ください。
シンガポール相続でよくあるトラブル
トラブル①:口座の存在が把握できない
被相続人がどの銀行に口座を持っていたか分からないケースです。
シンガポールには日本のような預金照会制度がないため、心当たりのある銀行に個別に照会する必要があります。
トラブル②:CPFの存在を見落とす
シンガポールで勤務歴がある場合、CPFに残高がある可能性がありますが、遺族がその存在を知らないことがあります。
トラブル③:日本の申告期限に間に合わない
プロベートに時間がかかり、日本の相続税申告に必要な情報が揃わないケースです。
トラブル④:相続人間での意見対立
遺産管理人を誰にするかで揉めると、手続き全体が大幅に遅延します。
シンガポール相続に関するQ&A
Q1:シンガポールに不動産を持っています。日本の小規模宅地等の特例は使えますか?
A:要件を満たせば、適用を検討できます。
小規模宅地等の特例(租税特別措置法69条の4)は、対象となる宅地等の所在地を日本国内に限定していません。国外にある宅地等も、日本の相続税の課税対象に含まれるのであれば、適用の検討対象になります。
ただし、特定居住用宅地等・特定事業用宅地等などの要件を満たす必要があり、対象は宅地等(土地または土地の上に存する権利)です。建物そのものに適用する制度ではありません。
詳しくは、国際相続における小規模宅地等の特例の留意点をご参照ください。
Q2:シンガポールの銀行口座の残高が少額でも、プロベートは必要ですか?
A:SGD 50,000以下で、対象外の事由がなければ、Public Trusteeの簡易手続きを検討できます。
裁判所への申立てが済んでいる場合、未払いの債務がある場合、非上場会社の株式や事業の権益がある場合などは、公的受託者は扱いません。また、銀行によって独自の取扱いがあるため、口座のある銀行にも確認してください。
Q3:日本で作成した遺言書はシンガポールでも有効ですか?
A:形式要件を満たしていれば有効です。
ただし、日本語の遺言書は英訳と認証が必要になります。
シンガポールに財産がある場合は、シンガポール法に基づく英文遺言書を別途作成しておくことをお勧めします。
Q4:相続人が日本にしかいない場合、シンガポールまで行く必要がありますか?
A:裁判所の手続きと、銀行の手続きを分けて考えてください。
裁判所への申請は、弁護士に委任して進められる場合があります。一方、銀行の手続きは各行の条件によります。例えばUOBは、単独名義の口座の閉鎖に、選任された遺言執行者・遺産管理人の全員が来店することを求めています。DBSは、海外に住む遺産代表者が郵送で依頼する方法を案内しています。
また、書類への署名について公証を求められることがあり、その場合は日本の公証役場などでの手続きが必要になります。渡航が必要かどうかは、裁判所の手続きと取引銀行の要件の両方を確認してください。
Q5:シンガポールで相続税がかからないなら、日本で申告しなくてもバレませんか?
A:申告が必要かどうかを、必ず確認してください。
国外の財産が課税対象に含まれるかは、相続人・被相続人の住所、国籍、過去の居住状況で決まります。課税対象に含まれる場合でも、基礎控除や特例を踏まえて、申告や納税が必要かを判断します。
なお、CRS(共通報告基準)により、金融機関の口座情報は各国の税務当局の間で交換されています。申告が必要なのにしなかった場合は、加算税・延滞税の対象になります。申告期限は、原則として相続の開始があったことを知った日の翌日から10か月以内です。
海外財産の申告漏れリスクについては、海外に財産がある人必見!相続で発生する5つのリスクとデメリットをご参照ください。
まとめ:シンガポール相続は事前準備が重要
シンガポールの相続手続きについて解説しました。
- シンガポールの相続ではGrant of ProbateまたはLetters of Administrationの取得が必須
- SGD 50,000以下の少額遺産はPublic Trusteeの簡易手続きが利用可能
- CPFは相続財産とは別枠で、ノミネーション制度で承継される
- シンガポールには相続税がないが、日本で相続税の申告・納税が必要
- プロベートには6ヶ月〜1年以上かかり、日本の申告期限との調整が課題
シンガポールに財産をお持ちの方の相続は、制度の違いにより複雑になりがちです。
生前の段階で財産の整理や遺言書の作成を検討しておくことで、相続発生時の負担を大幅に軽減できます。
当事務所では年間300件以上の相続税申告を行っており、国際相続の実績も豊富です。
「シンガポールに財産があるが、どう手続きすればいいか分からない」
「日本の相続税申告との兼ね合いが心配」
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