相続人に認知症患者がいる場合の相続税申告の留意点
みなさんこんにちは!
相続専門の税理士法人トゥモローズの角田です。
相続人の中に認知症患者がいる場合には、遺産分割、スケジュール、障害者控除の適用など注意しないといけない論点がいくつもあります。
またその認知症の人が成年被後見人なのか、被保佐人なのか、被補助人なのかによっても取り扱いが異なります。
今回は相続人の中に認知症患者がいる場合の相続税申告の留意点をわかりやすくまとめたいと思います。
動画で知りたい人は下記YouTubeから、テキストで確認したい人はこのままスクロールして一番最後までお読みください!
目次
1.ひとことで認知症患者といっても
認知症にも軽度なものから重度なものまでその症状は様々です。
軽度な認知症であれば意思能力があると判断され遺産分割が有効となる可能性もあります。
重度の認知症の場合には、単独で法律行為ができませんので家庭裁判所の許可を得て代理人を立てる必要があります。家庭裁判所に認められた代理人を成年後見人といい、代理人を立てられた認知症の人を成年被後見人といいます。
成年被後見人とは、民法8条により、「精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者」と定められています。
正確には、上記のような常況にあり、家庭裁判所から後見開始の審判を受けた人が成年被後見人となります。
成年被後見人は、「日用品の購入その他日常生活に関する行為」以外は一人でできません。行為が制限されていることから民法上「制限行為能力者」といわれています。
成年被後見人となった場合には様々な行為が制限されるため成年後見人(法定代理人)が必要となります。
なお、法定後見制度には、後見以外に保佐や補助という区分も存在します。
それぞれの区分ごとに制度の概要をまとめます。
区分 | 後見 | 保佐 | 補助 |
対象者 | 判断能力を欠く | 判断能力が 著しく不十分 |
判断能力が不十分 |
代理人の同意が 必要な行為 |
同意権なし (追認権はあり) |
民法13条の行為 | 家庭裁判所で定める |
代理人により取消が 可能な行為 |
日常生活に関する 行為以外の行為 |
民法13条の行為 | 家庭裁判所で定める |
代理権の範囲 | 財産に関する全ての行為 | 家庭裁判所で定める | 家庭裁判所で定める |
医師の診断 | 原則必要 | 原則必要 | 原則不要 |
2.認知症の人がいる場合の相続税申告の留意点
相続人の中に認知症患者がいる場合にはその症状によって遺産分割の流れが大きく変わります。
下記の3パターンが想定されます。
(2)重度の認知症で意思能力がないため遺産分割のため成年後見人を立てた場合
(3)軽度の認知症で意思能力がある場合
それぞれのパターンごとに留意点を解説していきます。
(1)相続発生前から成年被後見人だった場合
①遺産分割
成年後見人が相続人の場合には利益相反になるためその成年後見人を代理人として遺産分割協議に参加することはできません。
では、どうすれば良いのでしょうか?
成年後見人とは別の「特別代理人」を立てる必要があります。
裁判所が選任する特別代理人に一時的に成年被後見人を代理する権限を与えるのです。
家庭裁判所に特別代理人選任の申立をする場合の必要書類は下記の通りです。
□特別代理人選任の申立書
□被後見人、後見人、特別代理人候補者の住民票
□遺産分割協議書案、遺産目録等
□申立手数料の収入印紙800円
□予納切手
特別代理人選任手続きに添付する遺産分割協議書案では成年被後見人の取得割合を法定相続分未満とすることは原則としてできません。
したがって、仮に成年被後見人が法定相続分以下の取得割合の方が二次相続の相続税を考慮すると相続税の節税になったとしても任意に被後見人の取得割合を決められないのです。
遺産分割の詳しい解説は、遺産分割協議書の書き方 注意点も含めてわかりやすく徹底解説!をご参照ください。
②障害者控除
相続人が成年被後見人の場合には相続税の障害者控除の適用が可能です。
成年被後見人は特別障害者に該当し、85歳に達するまでの年数✕20万円を相続税額から控除することができます。
もちろん、その成年被後見人が85歳を超えていたら障害者控除を適用することはできません。
成年被後見人について障害者控除が適用できる根拠は、国税庁HP 文書回答事例 成年被後見人の相続税における障害者控除の適用についてをご参照ください。
また、相続税の障害者控除について詳しく知りたい人は、相続税の障害者控除をわかりやすく徹底解説!をご参照ください。
③相続税の申告期限
相続税の申告期限は相続の開始があったことを知った日の翌日から10ヶ月となります。
成年被後見人は弁識能力を欠いていることから相続の開始のあったことを知ることができません。
そうなるといつまでたっても相続税の申告期限が来ないこととなってしまいます。
実務上は、成年被後見人の後見人や特別代理人が相続開始を知った日から10ヶ月以内が相続税の申告期限となります。
上記の根拠は、国税庁HP 相続税法基本通達27-4(7)に記載されています。
また、相続税の申告期限について詳しく知りたい人は、相続税の申告期限と納付期限はいつか? スケジュールをわかりやすく徹底解説をご参照ください。
(2)重度の認知症で意思能力がないため遺産分割のため成年後見人を立てた場合
重度の認知症の場合で遺産分割協議をする意思能力がないと認められる場合には成年後見人を立てて認知症患者の代わりにその成年後見人が遺産分割協議をすることになります。
産分割、障害者控除、相続税の申告期限等の論点は上記①と同様です。
(3)軽度の認知症で意思能力があると判断された場合
認知症と判断されたからといってすべてのケースで法定後見人が必要となるわけではなりません。
軽度の認知症の場合で遺産分割時の状態で意思能力が認められればその本人が遺産分割協議をすることが可能です。
後々問題にならないように遺産分割時の医師の診断書等、意思能力に問題がなかったことを根拠付ける資料を用意しておいたほうが良いでしょう。
3.相続人に重度の認知症の人がいる場合に成年後見制度を使わなかった場合のリスクとは?
相続人に重度の認知症の人がいる場合に成年後見人を立てずに相続手続きをした場合のリスクについて確認していきましょう。
相続手続きのリスクは大きく「税務」と「法務」に分けられます。
(1)税務上のリスク
①配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例等の重要特例の適用が否認されるリスク
重度の認知症患者がいるにもかかわらず成年後見制度を使わずに遺産分割協議をした場合には、遺産分割協議が成立していないとして遺産分割が要件となっている下記の重要な特例の適用が否認される可能性があります。
ちなみに、上記以外にも遺産分割が要件となっている特例(事業承継税制、農地の納税猶予等)はありますので、それらの特例の適用も否認されるリスクがあります。
どのような流れで否認されるかというと、
税務署からしたら当初申告で遺産分割は成立していなかった、すなわち、未分割申告であったと認定してくるでしょう。
未分割申告については、【相続税】申告期限までに遺産分割が決まらない場合の未分割申告をご参照ください。
未分割申告の場合には配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例は適用できません。
ただし、将来的に遺産分割が確定した時点で4ヶ月以内に修正申告(更正の請求)をすればこれらの特例の適用が可能となります。
それには条件があって、当初の未分割申告にて分割見込書を添付している必要があるのです。
当然当初申告では遺産分割済として申告してますので分割見込書が添付されていないでしょうから将来的に成年後見人を立てて遺産分割が確定したとしても配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例の適用はできないこととなります。
もちろん、小規模宅地等の特例適用財産がなく、すべての財産を認知症の配偶者ではなく子が相続している場合には、各種特例を適用してませんので上記のリスクはありません。
仮に遺産分割が成立していないと認定された場合において、配偶者が法定相続分を取得したとしても配偶者の税額軽減が適用できない可能性がありますが、そもそも当初申告ですべての遺産を子が取得したことになっているので納付相続税額は変更しないということです。
ただし、下記の②のリスクはあり得ます。
②二次相続の相続税を否認されるリスク
具体例で解説したほうがわかりやすいので下記前提で解説します。
被相続人 父
相続人 母(重度の認知症)、長男、長女
相続財産 1億円
母の財産 7,000万円
遺産分割 すべてを長男と長女で各1/2取得(母は取得しない)
被相続人 母
相続人 長男、長女
相続財産 7,000万円
遺産分割 すべてを長男と長女で各1/2取得
上記具体例で一次相続の遺産分割が成立していないと否認された場合には、父の遺産の法定相続分である5,000万円は母が取得すべきと認定される可能性があります。
そうすると二次相続の母の遺産は元々の母名義の財産7,000万円に父からの遺産5,000万円が加算されることとなります。
一次相続では分割見込書を提出していないことから除斥期間経過前であっても母が取得した5,000万円に相当する相続税につき配偶者の税額軽減が適用できない可能性があります。
また、二次相続では1億2,000万円をベースに相続税を計算されることとなるため追加で納税が必要となります。
(2)法務上のリスク
①遺産の相続手続きができなくなるリスク
亡くなった人名義の財産は遺言書等がない場合には遺産分割協議に基づき名義変更をすることとなります。
預貯金、有価証券、不動産等について名義変更をする場合には、銀行、証券会社、法務局にて各種手続きをする必要があります。
その手続の中で認知症である相続人の意思確認を求められ、その意志確認ができないと判断された場合には名義変更手続きが頓挫してしまう可能性があります。
②二次相続に一次相続の相続人以外の相続人がいる場合のリスク
少しややこしいので具体例で解説します。
被相続人 父
相続人 母(重度の認知症)、長男、長女
遺産分割 すべてを長男と長女で各1/2取得(母は取得しない)
被相続人 母
相続人 長男、長女、前夫との子
このような状況で二次相続が発生した場合に前夫との子は一次相続の遺産分割の無効を主張してくるでしょう。
このように二次相続に一次相続の相続人以外の相続人が登場する可能性がある場合には、一次相続にて成年後見人を立てて適切に遺産分割をしておくべきでしょう。
③相続人の一部が何かをきっかけに遺産分割無効を主張してくるリスク
下記のような相続関係だったとします。
相続人 母(重度の認知症)、長男、長女
母が重度の認知症患者で意思能力がないにも関わらず、母に署名、実印を押印してもらって遺産分割協議書を作成して遺産の名義変更手続きも出来たとします。
遺産の中に株式があり、長男が取得した銘柄が大暴落したとします。
長男としたら別の財産を取得し直したい、そこで考えたのが母が重度の認知症だったため遺産分割は無効であったと主張してくるというリスクです。
④私文書偽造罪(刑法159条)違反のリスク
意思能力がない相続人がいるにも関わらず遺産分割協議書を作成した場合には、私文書偽造罪にあたる可能性があります。
この場合、3か月以上5年以下の懲役に処せられます。(刑法159条)
また、偽造した遺産分割協議書を使って法務局で不動産の相続登記をした場合には公正証書原本不実記載罪にあたる可能性があります。
この場合、5年以下の懲役は又は50万円以下の罰金に処せられます。(刑法157条)
4.結局、相続人の中に重度の認知症患者がいる場合にはどうすれば良いのか
色々ややこしい説明やリスクを並べてきましたが、相続人の中に重度の認知症患者がいる場合にはどうすれば良いのかというと下記の二択です。
(2)遺産分割をしない(未分割)
(1)成年後見人を立てて適切に手続きをする
もっとも真っ当な方法です。
メリット・デメリットは下記の通りです。
【メリット】
□上記3のような税務、法務のリスクがない
□相続後の認知症患者の財産を適切に管理してもらえる
【デメリット】
□成年後見人を原則として選べないため不本意な成年後見人が選任される可能性がある
□成年後見人に専門家が選任されると認知症患者が亡くなるまで成年後見人報酬(月額2万~6万程度)が継続的に発生する
□法定相続での遺産分割が基本となるため相続税負担が重くなる可能性が高い
□成年後見人が選任された後、認知症患者の財産が厳重に管理され積極的な財産運用ができない
□成年後見人の選任に時間と手間がかかる
(2)遺産分割をしない(未分割)
イレギュラーな方法ですが、どうしても成年後見人を立てたくないという人には最後の選択肢となるでしょう。
メリット・デメリットは下記の通りです。
【メリット】
□成年後見人を立てる必要がない
□仮に認知症患者が亡くなった場合に残された相続人で一次相続の遺産分割を自由に決められる
【デメリット】
□遺産の相続手続きができないため遺産を使えない
□未分割申告となるため当初申告では配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例等の重要な特例の適用ができない(申告期限から3年以内に認知症患者が亡くなった場合や成年後見人を立てて遺産分割が成立した場合には特例の適用も可能となる)
□相続税の申告期限から3年経過した場合には配偶者の税額軽減、小規模宅地等の特例等の重要な特例の適用ができない可能性がある
5.解決策は生前に遺言書を書いておくこと!
相続人に認知症の人がいる場合には相続手続きが大変なことになることはお分かりいただけたと思います。
抜本的な解決策は亡くなる前に遺言書を書いておくことです。
推定相続人に重度の認知症患者がいる場合には、生前に必ず遺言書を書いておくようにしましょう!
遺言書についての詳しい解説は、遺言を書いて争族回避! 遺言書の作成方法、効力等をわかりやすく徹底解説!をご参照ください。
遺言についてのご相談はお問い合わせにてご相談ください。
相続税の申告手続き、トゥモローズにお任せください
相続税の手続きは慣れない作業が多く、日々の仕事や家事をこなしながら進めるのはとても大変な手続きです。
また、適切な申告をしないと、後の税務調査で本来払わなくても良い税金を支払うことにもなります。
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