【相続放棄で節税できる?】相続放棄が相続税申告に与える影響を解説
相続人の中に相続放棄を行った人がいると、他の相続人の相続税申告に大きな影響を与えることになります。
中には「相続税の節税につながるもの」や「相続税の増税につながるもの」があり、正しく理解していなければ思わぬ結果になってしまいます。
相続放棄があった場合の相続税申告は「相続放棄した人は始めから相続人ではなかった」と考える民法と「相続放棄はなかったもの」として考える相続税法の違いを理解することがポイントです。
ここでは「相続放棄が相続税申告に与える影響」について詳しく解説します。
相続放棄を検討されている方、また他の相続人が相続放棄を検討されている方はぜひ最後までお付き合いください。
相続放棄の影響を受けないもの
はじめに相続放棄があった場合でも影響を受けないもの、つまり「相続放棄はなかったもの」として考える相続税法固有のものを見ていきましょう。
基礎控除の法定相続人の数
相続税の計算には3,000万円+(法定相続人の数×600万円)の基礎控除があります。
相続放棄が行われた場合は、法定相続人が減るため基礎控除の金額が少なくなると思われがちですが、基礎控除の法定相続人の数は「相続放棄がなかったもの」として取り扱われます。
例えば、配偶者と子が3人おり、法定相続人である子の1人が相続放棄を行った場合の基礎控除は、相続放棄の影響を受けないため「3,000万円+(4人×600万円)=5,400万円」になります。
基礎控除については「相続税の基礎控除 相続税はいくらまでなら無税なのか」をご覧ください。
相続税の総額の計算
相続税の計算過程で相続財産から、相続税の基礎控除を差し引いた金額を法定相続分で按分するというものがありますが、この法定相続分も上記の基礎控除と同様に相続放棄がなかったものとして計算します。
相続税の計算の詳しい解説は、相続税の計算方法ガイド【5ステップでわかりやすく解説】をご参照ください。
生命保険金、死亡退職金の非課税枠の法定相続人の数
生命保険金、死亡退職金には「500万円×法定相続人の数」の非課税枠が設定されています。<この非課税枠の計算で用いる法定相続人の数は「相続放棄がなかったもの」として計算されます。
上記のように、基礎控除、相続税の総額の計算、生命保険金と死亡退職金の非課税枠の法定相続人数は「相続放棄がなかったもの」として取り扱われます。これは相続放棄が相続人の意思により行うことができるためです。
仮に相続放棄した人を法定相続人の数に含めなかった場合、相続放棄を行うことで他の相続人の相続税額を大きく増やすことができてしまいます。
また、子の全員が相続放棄をすることにより第三順位の兄弟姉妹が相続人となったようなときは相続人の数が大幅に増えるケースも想定されます。
相続放棄がなかったものとして考えることで、恣意性を排除し、納税者間の公平性を保つことができるようになっています。
生命保険の非課税枠についての詳しい解説は、生命保険金にかかる相続税 非課税枠と注意点を完全解説をご参照ください。
配偶者の税額軽減
配偶者が相続放棄をするケースはあまり多くはないかもしれませんが、仮に配偶者が相続放棄をした場合において、その配偶者が受取人となっている死亡保険金があったときは、その保険金に対する相続税につき配偶者の税額軽減が適用できるのでしょうか?
答えは、適用が可能です。
相続放棄をしたとしても配偶者という事実は変わりませんので配偶者の税額軽減は適用できるのです。(相続税法基本通達19の2-3)
配偶者の税額軽減の詳しい解説は、相続税の配偶者控除で1億6千万円まで無税!二次相続も踏まえて適用をご参照ください。
未成年者控除
未成年者控除の要件に該当する相続人が相続放棄した場合にも税額控除の適用が出来るのでしょうか?
答えは、適用が可能です。
相続放棄をして民法上の相続人に該当しなくなったとしてもその者が未成年者であれば税額控除の適用が可能となります。(相続税法基本通達19の3-1)
未成年者控除の詳しい解説は、相続税の未成年者控除をわかりやすく徹底解説をご参照ください。
障害者控除
障害者控除の要件に該当する相続人が相続放棄した場合にも税額控除の適用が出来るのでしょうか?
答えは、適用が可能です。
相続放棄をして民法上の相続人に該当しなくなったとしてもその者が障害者であれば税額控除の適用が可能となります。(相続税法基本通達19の3-1)
障害者控除の詳しい解説は、相続税の障害者控除をわかりやすく徹底解説!をご参照ください。
2割加算
被相続人の一親等の血族(子供、親、代襲相続人である孫)と配偶者以外の者が相続した場合には、本来の相続税額につき2割加算して納税する必要があります。これを2割加算といいます。
さて、相続放棄した一親等血族や配偶者は2割加算の対象となるのでしょうか?
答えは、2割加算の対象とはなりません。
相続放棄をしたとしても一親等血族や配偶者の地位は揺るがないためです。
ただし、代襲相続人である孫が相続放棄をした場合には、2割加算の対象となるため注意が必要です。
2割加算の詳しい解説は、相続税の2割加算についてわかりやすく徹底解説!をご参照ください。
相続放棄の影響を受けるもの
相続税法では「相続放棄がなかったもの」として考えますが、相続放棄が相続税の計算に影響を与えるものもあります。
生命保険、死亡退職金の非課税枠を使える人
生命保険金や死亡退職金は受取人の固有財産であり遺産ではないため相続放棄をしたとしても受け取ることができます。では、相続放棄をした人が死亡保険金や死亡退職金の受取人であった場合、上記3の非課税を使うことが出来るのでしょうか?
答えは、非課税を適用することはできません。非課税を使える人はあくまで民法上の相続人に限られるため相続放棄により相続人でなくなった場合には、非課税は適用できなくなるため要注意です。(相続税法基本通達12-8)
相続放棄者がいる場合の具体的な非課税限度額の計算を確認していきましょう。
非課税枠×(その相続人の受け取った保険金の合計額÷相続人全員の受け取った保険金の合計額)
非課税枠×(その相続人の受け取った退職金の合計額÷相続人全員の受け取った退職金の合計額)
相続放棄した人以外の相続人が全額受け取るケース
相続放棄した人以外の相続人が生命保険金や死亡退職金を全額受け取る場合には、相続放棄の影響を一切受けることはありません。
相続放棄した人が全額受け取るケース
相続放棄した人が生命保険金や死亡退職金を受け取ることは可能です。ただし、相続放棄した人が生命保険金や死亡退職金を受け取った場合には、相続人ではないため非課税枠の適用はありません。
例えば、相続人が3人いる相続で1人が相続放棄、相続放棄した人を受取人とした生命保険金が5,000万円あった場合はどうでしょうか。その生命保険金には非課税枠(本来なら1,500万円の非課税枠)を使うことができず、相続放棄した人には5,000万円全額が課税価格になり、相続放棄した人にとっては増税になってしまいます。
相続放棄した人と他の相続人が受け取る場合
相続放棄した人と他の相続人が生命保険金や死亡保険金を受け取る場合には、非課税限度額の計算が複雑になりますので注意が必要です。
例:相続人3人(A、B、C)が生命保険金をA2,000万円、B1,000万円、C1,000万円受け取る場合の各人の非課税限度額
相続人A⇒非課税枠1,500万円×2,000万円÷(2,000万円+1,000万円+1,000万円)=750万円
相続人B⇒非課税枠1,500万円×1,000万円÷(2,000万円+1,000万円+1,000万円)=375万円
相続人C⇒非課税枠1,500万円×1,000万円÷(2,000万円+1,000万円+1,000万円)=375万円
非課税限度額 合計1,500万円
相続人A⇒非課税枠1,500万円×2,000万円÷(2,000万円+1,000万円)=1,000万円
相続人B⇒非課税枠1,500万円×1,000万円÷(2,000万円+1,000万円)=500万円
相続放棄C⇒非課税枠の適用なし
非課税限度額 合計1,500万円
相続放棄がない場合とCが相続放棄をした場合、どちらも非課税限度額合計は1,500万円になりますが、その内訳は異なります。相続放棄を行った人は非課税枠が使えませんが、その代わりに他の相続人の非課税限度額が増加することになり、他の相続人にとっては節税に繋がります。
債務控除
相続放棄した人は、原則として債務控除を適用することはできません。
まー相続放棄しているので財産も債務も相続しないことから債務を負担することはないので債務控除の適用は現実的にはあり得ないですよね。
なお、相続放棄をしても葬式費用は負担するかもしれませんが、葬式費用についてはその負担した部分に限り相続放棄をした人であっても財産から差し引くことが可能です。(相続税法基本通達13-1)
債務控除の詳しい解説は、【相続税申告】債務控除をわかりやすく徹底解説をご参照ください。
相次相続控除
相次相続控除は、相続人に限り適用があります。したがって、相続放棄をした場合にはこの控除の適用は出来ません。
相次相続控除の詳しい説明は、相次相続控除をわかりやすく徹底解説をご参照ください。
3年以内生前贈与加算
相続開始前3年以内に被相続人から贈与を受けた相続人が相続放棄をした場合でも贈与財産を加算する必要があるのでしょうか?
その放棄をした者が被相続人から遺贈により財産を取得していれば贈与財産は加算の対象となります。逆に、被相続人から一切財産を取得していなければ3年以内加算の必要はありません。
3年以内加算の詳しい解説は、亡くなる前3年以内の贈与は相続税の対象に?!贈与加算を徹底解説をご参照ください。
また、生前贈与は7年間加算されるようになりました。
生前贈与の改正については、生前贈与は7年が相続税の対象へ! 令和5年(2023年)税制改正速報をご参照ください。
二次相続までを考えると相続放棄が節税になることも
二次相続までを考えると、相続放棄を行うことで結果的に節税になるケースもあります。特に、亡くなった方に配偶者や子がおらず、父母が相続人になるケースでは相続放棄が税務上有利になる可能性がありますので、相続税対策の1つとして検討してみましょう。
例えば、次のようなケースでは相続放棄を行うことで節税になります。
このケースでは、一次相続で母が全ての財産を相続することになり、母が亡くなった場合の二次相続では被相続人の財産と母固有の財産の合計額を姉が全て相続することになります。
このケースで母が相続放棄を行うと相続順位が第三順位の姉に移り、姉が被相続人の財産を直接相続することになります。
母が相続放棄を行った方が節税になるのかは、被相続人の相続財産と母固有の相続財産がどのくらいあるのかによって異なります。
例えば、被相続人の相続財産が2億円、母固有の財産が2億円であった場合を見ていきましょう。(財産は便宜上、全て預金として考えます。)
①相続放棄をしない場合
一次相続で被相続人の財産を母が相続する際に発生する相続税額は4,860万円になります。
続いて、母が亡くなった場合の二次相続では、被相続人から相続した2億円から相続税額の4,860万円を差引き、母固有の財産である2億円を加算した3億5,140万円を姉が相続することになります。その際に発生する相続税額は1億1,570万円です。(数次相続控除は考慮せず)
一次相続と二次相続の相続税額を合計すると1億6,430万円になります。
②相続放棄を行った場合
母が相続放棄を行った場合、姉が相続人になります。兄弟姉妹が相続人になると相続税が二割加算になるため、相続税額は5,832万円です。
母が亡くなった際の相続では、姉が相続人となり、母固有の財産である2億円に相続税がかかります。その際の相続税額は4,860万円です。
被相続人が亡くなった際の相続税と母が亡くなった際の相続税額の合計額は1億692万円になります。
上記のケースでは、相続放棄を行うことで相続税額を5,738万円節税することができます。
このケースは1つの例であり、家族の状況や財産の額、財産の種類、生命保険の非課税適用有無、利用できる特例(小規模宅地等の特例など)、二次相続までの期間(相次相続控除の適用金額)等によって全く異なります。
したがって、適切なシミュレーションの実施が不可欠なのです。
また、母の両親が存命の場合には、母が相続してしまったら母の両親(被相続人の祖父母)に相続権が移ってしまいます。
そうなってしまったら相続税の節税以上の大問題です。
自身の従兄弟等に財産が渡ってしまう可能性があるためです。
親の相続放棄を検討する際はその親の尊属が存命しているかどうか必ず確認しましょう。
なお、相続放棄には3か月という期限がありますので、早急に検討する必要があります。相続放棄により節税することが可能と思われる場合は、お気軽にご相談ください。
相続放棄の期限については「【相続放棄の期限は3か月】期限の延長方法についても詳しく解説!」をご覧ください。
相続放棄した人が相続税申告を行う必要はあるのか?
相続放棄をした人が財産を相続することはないため、通常は相続税がかからず、相続税申告も必要ありません。ただし、場合によっては相続税申告が必要になるケースもあります。
みなし相続財産受け取った場合
みなし相続財産とは、民法上では相続財産になりませんが、相続税法上は相続財産として相続税の計算を行う財産のことです。具体的には、生命保険金や死亡退職金などが該当します。これらのみなし相続財産は、相続放棄を行っていても受け取ることが可能です。みなし相続財産を受け取ると相続税申告が必要になる場合がありますので注意しましょう。(相続財産が基礎控除額を上回っている場合)
相続時精算課税制度を利用している場合
既に相続時精算課税制度を利用している場合であっても相続放棄を行うことは可能です。ただし、相続時精算課税制度を利用している場合は、生前贈与の金額を相続財産に加えて相続税の計算を行わなければなりません。その結果、相続財産が基礎控除を上回っていれば相続税申告が必要です。
相続放棄をした人が相続税申告を行う場合の添付書類
相続放棄をした人が相続税申告を行う場合「相続放棄申述受理証明書」の添付が必要です。
まとめ
相続放棄を行うと相続税申告に影響を及ぼします。他の相続人の非課税限度枠が大きくなり節税になる場合もありますし、相続する財産が増えて相続税額が増加する場合もあります。
また、ケースによっては相続放棄を行い、相続順位を変えることで二次相続までを含めた相続税額を節税できることもあります。相続放棄があると相続税申告が複雑になりますので、私ども専門家へお気軽にご相談ください。
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